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総合診療医として生きる

ソウゴウシンリョウイトシテイキル

芸術力で西洋医学と東洋医学をつなぐ

周東 寛著

健康の主役、治療の主役は患者さん

健康や病気について、患者さんに寄り添い、心身を全体的に診療する「総合診療医」を目指してきた著者。これまで患者にお伝えしてきた健康の考え方や健康長寿について整理して述べる一方、著者の医療活動のバックボーンとなっている先祖の歴史についても紹介している。

主な内容

プロローグ 高まる総合診療への期待
PartⅠ 「病気主体」ではなく「患者さん主体」の医療を目指す
PartⅡ 儒教の歴史に深くつながる医師の家系
エピローグ 「健全な身体には健全な魂が宿る」

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総合診療医として生きる
価格
1620円(本体1500円)
判型
四六判
頁数
276 頁
発行日
2017.10.28
ISBN
978-4-87795-359-1
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プロローグ 高まる総合診療への期待

健康の主役、治療の主役は患者さん自身

 ひと昔前は、医師のほうが患者さんより上で、「俺が治すのだから、病人は言われたことを素直に聞いていればいい」と考える医療従事者もいました。病人が治療法や薬の知識をもっても不安になるだけだと決めつけていたのです。しかし今は、インフォームドコンセントという考え方が浸透してきています。

 医師は治療法や薬の内容について患者さんに十分説明をし、患者さんの同意を得たうえで医療を行なうという考え方です。治療の主役はあくまで患者さん自身であり、医師をはじめとする医療従事者の仕事は傍らで手助けをする立場にあるということです。

 これは、確かに医療のあるべき姿を示していますが、患者さんの立場で考えますと、自分の主治医は自分自身であり、普段から自分の健康管理をしっかり行なう責任があるということなのです。

 いざというとき、どこの医者、どこの病院にかかるかは、患者さんにとって切実な問題です。江戸時代の儒学者で『養生訓』という衛生書を著した貝原益軒は、医者の選び方について、かなりのページを割いていますが、そのなかにこんなことが記されています。

「健康を保つためには、病気に用心するだけでなく、医者をよく選ぶことが大切だ。かけがえのない父母の体、自分の体をつまらない医者の手に託すのは危険である」

 また、

「医術について知らなければ、医者の良し悪しはわからない。つまらない医者に身を任せて死んでしまった例も世の中には多い。恐ろしいことだ」

とも記しています。

 もちろん、医学が高度に発達し、専門化している現代の医療と江戸時代の医療では事情がかなり異なっていますが、それでも医者に身を任せてはいけないという益軒の指摘は現代にも当てはまります。

 どんなに今日の医療が飛躍的に進歩しているとしても、患者さん自身が普段から健康や医療に関心をもち、可能なかぎり正確な知識をもつことが大事です。健康の主役、治療の主役は、あくまで患者さん自身だからです。

信頼できる「総合診療医」をもとう

 とはいっても、私たちが自分の健康や病気についてすべてを理解することは難しいですし、医学的にはまだまだわからないことがたくさんあります。いくら健康に気を付けていても、予期せぬ病気に襲われることもあります。自分自身が健康の主役、治療の主役だからこそ、普段から健康について相談したり、具合が悪くなったとき診てもらったりできる信頼のおける医師をもつことが必要ですし、その助けを借りることは必要です。

「かかりつけ医」とか「ホームドクター」がその役割を担っていると思いますが、私は、そのような医師として適しているのが「総合診療医」であると考えてきました。健康や病気について、心身を全体的に診療する医師です。患者さんの特定臓器に着目するのではなく、普段の生活における肉体面や精神面の様子、さらに社会環境に着目し、患者さんの健康問題全体に向き合いながら治療を行ないます。

 これまでの病気のことや、薬に対する反応、アレルギーなど、患者さんの健康に関する情報も管理します。ガンなどでさらに詳しい検査や入院が必要なときは、適切な診療科や病院を紹介するとともに、これまでの病歴や検査結果、治療内容などを提供します。

 それだけではありません。紹介先で治療が終わると、そこでの治療内容を引き継いで再び患者さんに必要なアドバイスや治療を提供します。

 患者さんをバックアップするには、なんでも報告したり相談したりできる総合診療医が適していると思われます。

 熱意のある医師ならば、患者さんのプロフィールや生活の様子、家族のことにも関心をもつに違いありません。そうした情報が診断や治療法を選ぶ際に貴重なデータになるのです。ちょっとした風邪でも大きな病院へ行きたがる方がいますが、そうしたところほど診療科目がたくさんあり、専門が細かく分かれています。患者さんの肉体面、精神面、環境面などを総合的に把握することは難しいのです。よほど長期入院でもしないかぎり、患者さんと冗談を言い合えるような関係を結ぶことはできないでしょう。

「かかりつけ医」とか「ホームドクター」は、患者さんの普段の生活をよく知ることができ、「お祭りが近いけど、飲みすぎないでください」とアドバイスできるくらいの距離にいるのがいちばんいいのです。

 私は、そんな医療を実践するため総合診療医として生きることを目指してきました。そこでPartⅠでは、私が患者さんにお伝えしてきた健康の考え方や健康長寿について、9つの「健康karte」として整理してご紹介していきます。

 次のPartⅡでは、私の医療活動のバックボーンになっている先祖の歴史について述べさせていただきます。

 私の祖父は台湾が日本時代であったとき、西洋医として医療に従事していました。父(周東茂)はその背中を見て育ち、岩手医科大学に進学して外科医となりました。私はその父とともに台湾から日本に渡り、中学、高校、大学と学んで父と同じ医師になりました。それ以来、患者さんのためになるなら最先端の西洋医学はもちろん、東洋医学や代替医療なども含めてあらゆる可能性を研究し、臨床の場に取り入れてきました。

 そのような医療者としてあり方が、じつは私の先祖と深く繋がっていることがはっきりと見えるようになってきたのです。とくに、はるか昔、中国の北宋と呼ばれる時代に宋学(日本には朱子学として伝わる)を創立した周敦頤が先祖であること、その精神は子孫たちに代々引き継がれてきたことを知り、医療者としての私の生き方にも大きな影響を受けていることに気づきました。

 それ以来、先祖の歴史や日本史との関わりについて調べてきました。そんななか、中国や日本の儒教史に造詣が深く、長年中国に関する書籍の編集に携わってきた松澤正博氏の協力を得ることができ、周敦頤が復興した儒教の視点から見た中国、台湾、日本の歴史を私なりに描くことができました。それをまとめたのがPartⅡです。

 台湾における私の先祖は、儒教を伝えるために大陸から台湾に遣わされました。その子孫たちは、周敦頤の先取の精神と、儒教が教える家族と親子、社会のあるべき姿について、宇宙と万世の関わりについて語り伝えてきました。曾祖父の時代には、まだ漢方のみに頼っていたなかで、先取の精神を発揮して子供すべてを西洋医にしました。

 こうした先祖の歩みが私の総合診療医として生き方に反映されていることをお伝えすることで、PartⅠで述べたことをより深く理解していただき、健康で幸せな人生を送っていただく助けになることを願っています。

 さらに、本書が日本はもちろん、アジア、世界の医療の発展の一助になれば、これ以上の喜びはありません。

目 次

もくじ――総合診療医として生きる

プロローグ 高まる総合診療への期待

健康の主役、治療の主役は患者さん自身

信頼できる「総合診療医」をもとう

PartⅠ 「病気主体」ではなく「患者さん主体」の医療を目指す

健康karte1 トータルヘルスケア

健康karte2 生活習慣と生活環境

健康karte3 ガンの扱いはデリケートに

健康karte4 糖尿病治療革命

健康karte5 病気を防ぐ食生活のすすめ

健康karte6 「健康カラオケ」で若返る

健康karte7 酸素力が健康を高める

健康karte8 年を取るほど適度な運動が大切

健康karte9 「医術は芸術」

PartⅡ 儒教の歴史に深くつながる医師の家系

第一章 中国の近代化を推し進めた周敦頤の子孫たち

一、魯迅はわが遠戚

二、中国「建国の母」周恩来も周敦頤の子孫

第二章 中国における儒教の変遷

一、周敦頤が端緒を開き、朱熹が大成した宋学

二、科挙と北方騎馬民族と儒教

三、中国における儒教の変遷

第三章 台湾から見える日本――儒教の受容と変遷

客家語と日本語の発音はなぜ似ているのか

儒教経典が日本に伝来したのは応神天皇の頃

唐と儒教の大きな影響を受けて大化の新政

宋学が日本に到達したのは鎌倉時代

幕末の激動、攻めるも守るも儒教、朱子学、陽明学

京師朱子学派、海南学派、海西学派の誕生

日本の陽明学がはじまる

日本人の読解力の高さを示した古学

近代日本の儒教

日本と台湾を医療でつなげる

エピローグ 「健全な身体には健全な魂が宿る」

プロフィール

周東 寛(しゅうとうひろし)

1978年昭和大学医学部卒。1980年、昭和大学藤が丘病院呼吸器内科入局。1986年、自らの医療方針を実現するため駅ビル医院「せんげん台」を開院し、1990年に医療法人健身会を設立して理事長に就任。2003年には南越谷健身会クリニックを開院し、院長に就任。昭和大学医学部兼任講師。医学博士。

開業以来、西洋医学に東洋医学を取り入れるとともに、食事指導、運動指導や最新の検査機器を導入して予防医学にも尽力。2007年には厚生労働省認定運動施設医療法・42条施設『健康ひろば』を2施設に設立。また心身医学療法にも取り組み、トータルヘルスの実践に務めている。